鎌倉に5年。”行きつけ”が、まだない

50代の生き方

鎌倉に住んで、5年目になる。
でも、「行きつけのお店」がまだない。

正確に言うと、よく行くお店はある。
お気に入りのパン屋もあるし、
コーヒー豆を買う店もある。

海沿いのランニングコースも、
休日によく立ち寄る場所もある。

でも、店員さんと顔見知りになるとか、
カウンターで他のお客さんと話が盛り上がるとか、
そういうことがあまり起きていない。

ゼロではない。
でも、それが続かない。
定期的には通わないからだと思う。

「鎌倉に住んでいます」と言うと、よく言われる。

「行きつけのお店、たくさんあるんでしょう?」
「常連さん同士で、すぐ仲良くなれそうですよね」

うん、まあ、と返す。

――私にはない。たぶん。

近所に知り合いがいない。
友達もいない。

これは、5年経ってわかったことのひとつである。

カフェでよく顔を見る店員さんはいる。
おすすめのコーヒー豆を何度か教えてもらっている。
でも、向こうは私を知らない。

私だけが勝手に「よく見る人だ」と思っている。
たぶん、これが私の鎌倉だ。

知っている人がいる場所ではなく、
知っているような気がしている人がいる場所。

人と仲良くなるのが、私はあまり得意ではない。
どちらかというと人見知りだと思う。

仕事なら必要に応じて話せる。
初対面の人とも普通に会話はできる。
でも、そこから先が苦手だ。

この人と、これからどう関わるんだろう。
関わったら、どんなふうになるんだろう。

そんなことを考えているうちに、
相手は向こうへ行っている。

仲良くなりたいと思う人にも、
自分から距離を縮めることができない。
いつも受け身だ。

声をかけられたら嬉しい。
でも、自分からはかけられない。

その癖は、東京にいた頃から変わっていない。

私は昔から、人の輪の中心にいるタイプではなかった。
みんなで盛り上がるのは嫌いじゃない。
でも、自分から輪の中へ入っていくのは得意ではない。

どちらかというと、
少し離れた場所から眺めている方が落ち着く。
だからなのかもしれない。

行きつけのお店がないのも、鎌倉だからではなく、
もともとの性格なのだと思う。
東京にいた頃も、実はそんなに変わらなかった。

ふと、思うことがある。

「あのお店の人、私のこと覚えてくれているかな」
「もう少し話せば仲良くなれるのかな」

少しの勇気があれば、常連さんの輪に入れるのだと思う。

店員さんにもう一言話しかけるとか。
カウンターで隣になった人と言葉を交わすとか。
たぶん、それくらいのことだ。

でも、輪の中に入りたいのかと聞かれると、
それも少し違う。

楽しそうだなと思う。
少しうらやましいとも思う。

けれど、自分がそこにいる姿はあまり想像できない。

常連になりたいわけではない。
毎週同じ店に通いたいわけでもない。
店主と世間話をしたいわけでもない。

それなのに、ふとした瞬間に
「ああいう場所があったらいいな」と思うことがある。

たぶん私が欲しいのは、仲間でもコミュニティでもなくて、
「ここにいてもいい」と自然に思える場所なのかもしれない。

鎌倉に住んで5年。
まだその場所は見つかっていない。

でも最近は、それも悪くない気がしている。
探している途中だから見える景色もある。

夜、鎌倉らしい小さなお店のカウンターで、
楽しそうに飲んでいる人たちを見る。

あの輪の中に入りたいわけではない。
でも少しだけ、うらやましい。

そんなことを思う日がある。

鎌倉に住んで5年。
行きつけは、まだない。

という、少しだけこじらせた50代の話である。

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