「正社員にならないの?」─派遣の私には「結婚しないの?」と同じくらい繊細な話

50代の生き方

「正社員にならないの?」

派遣先で、よく聞かれる。

ランチのテーブルだったり、エレベーターの中だったり、コピー機の前だったり。タイミングはいつも、ふいにやってくる。

たぶん、言った本人に悪気はない。世間話の延長なのかもしれない。心配してくれているのかもしれない。だからこそ「そんなこと聞かないでください」とも言えない。

私は、いつも少し笑って「そうですねぇ」と返す。その返事は、もう反射みたいなものだ。

私は、派遣になる予定なんてなかった

20代の頃の私に「50代になったら派遣社員として働いているよ」そう言っても、きっと信じなかったと思う。

17年間、ウエディングプランナーとして働いていた。アルバイトからスタートした私は「この会社で長く働くなら、正社員になろう」と決め、自分でその道を選んだ。

責任は増えたけれど、その分やりがいも増えた。あの頃は、ずっとその働き方が続くものだと思っていた。50代になった今、派遣社員として働いている自分を、当時の私は想像もしていなかった。

だから「正社員にならないの?」という質問には、うまく答えられない。

“ならない”ではなく、”今はこの働き方を選んでいる”。私の中では、その違いがとても大きいからだ。

一つの肩書きでは、人は説明できない

派遣になってから気づいたことがある。肩書きは、思っていた以上に、その人を説明してしまう。

「派遣なんですね」その言葉に悪意はない。でも、その一言だけで、私は「派遣社員」という箱の中に入る。

17年間積み重ねてきた仕事。

何千組もの結婚式。

複業で書いている文章。

鎌倉へ移住して、一から暮らしをつくってきたこと。

そんな私の人生は、誰にも見えない。

もちろん、それは仕方のないことだ。人は、初対面の相手を肩書きで理解しようとする。私だって、きっとそうしている。だから責める気持ちはない。

ただ、ときどき思う。今まで正社員として働いてきた私も、今は派遣社員として働いている。もし10年前の私が今の私を見たら「どうして?」と聞くかもしれない。

でも、その「どうして」の答えは、コピー機の前で話せるほど簡単じゃない。

「結婚しないの?」と同じくらい、答えにくい

私は、この質問をされるたびに思う。

「結婚しないの?」

「子どもは作らないの?」

それと同じくらい、繊細な話だと。

本人しか知らない事情がある。努力だけではどうにもならないこともある。そして、自分の中では整理がついていても、毎回説明したいわけではないこともある。

だから、コピー機の前で話すには、少し重たい話題なのだ。質問した人は、その日のうちに忘れてしまうかもしれない。

でも、聞かれた側は、家に帰ってからも、ふと思い出すことがある。言葉って、そういうものだと思う。

今日も私は、笑って答える

だから余計に、少し疲れる。ちゃんと笑って「そうですねぇ」と返している自分にも。

本当は「その質問、派遣さんには、しない方がいいですよ」と、ズバッと言えたら楽なのかもしれない。

でも、言わない。言えない、という方が近い。毎日顔を合わせる人だから。これからも一緒に働く人だから。その場の空気を壊したくない。

17年間、結婚式の現場で身についた癖なのかもしれない。場の空気を読むこと。相手を困らせないこと。自分の気持ちより、その場がうまく回ることを優先すること。

気づけば、それは今の職場でも変わっていなかった。

私が伝えたいのは「聞かないで」ではない

私は、誰かを責めたいわけじゃない。「そんなこと聞くなんて失礼だ」そう言いたいわけでもない。

ただ、その人の人生には、その人にしか分からない背景があることを、少しだけ想像してもらえたらうれしい。

働き方も。

結婚も。

子どもも。

介護も。

病気も。

転職も。

外から見えるのは、その人の人生のほんの一部分でしかない。だから私は最近「聞いてもいいことか」ではなく、

「その人が話したくなったら、きっと話してくれることかもしれない」

そう考えるようになった。そのほうが、人との距離は、少しだけ優しくなる気がするから。

明日もたぶん、私は同じ電車に乗って、同じ職場へ向かう。そして、また誰かに聞かれたら、きっと笑って答える。

「そうですねぇ」

その笑顔の裏側まで、理解してほしいとは思わない。でも、その一言を口にする前に「この質問は、相手にとってどんな意味を持つんだろう」そんな想像をする人が、一人でも増えたらいい。

人は、肩書きだけでは語れない。その当たり前のことを、派遣になった私は、前より少し深く知った。

だから私は、誰かの肩書きよりも、その人自身を見る人でいたい。

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